そう言えば母が亡くなったのは結局父の日の前日・・命日に迎えには来なかったが、、さてどう解釈すれば良いのだろうか。。
命日の段階であれば母はまだ苦しんでいた、最期に会った時の母は穏やかに気持ち良さそうに眠っていた・・うn。まあ分らん
通夜は来たかったのであろう亡母と同期の前住職が執り行った、とは言っても昨年よりも更に衰弱した感じで時折ふらつき声を出すのも苦しそうであって感謝と同時に申し訳なくもあった
終了後に家族葬の予定が同じ檀家で同期の幼馴染が弔問に・・ありがたくはあるが、そうだなあ・・自分も高齢者なのだなあと改めて認識する事となる。。
亡父の葬儀の時は全く変わっていなかったのだが、、流石にあれから19年か・・これは亡兄が生きた人生分と丁度同じ言う事になる。。まあ色々とフラグ多過ぎね?と言う事でもあるが
「可」のメッセージを担った鹿島にしても、古鷹さんの指示で第4子缶を装備した時点では第三法が古鷹さんと同ドロップ海域になるとは分らなかった訳だが・・何事も運命なのだろうな
イベントが延長された期間と母が亡くなるまでの期間も・・・・。
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